「声だけで、その人に好意を抱くことなんか絶対にない」そんなふうに考えていた時期が私にもありました

私にはかれこれ2年ほど仕事での付き合いのある女性がいるのです。
仮にその人の事を宮原さんとしておきましょう。
私は大阪で仕事をしていて、宮原さんは東京で仕事をしています。
宮原さんの会社が私の会社と顧問契約を結んでいて、宮原さんの会社の業務の補助を私が行うという関係です。
定期的にお互いの仕事の進捗を報告し合うという作業を続けて2年になります。

週に最低でも1回。多い時は1週間毎日、メールや電話でのやりとりを2年も続けているわけですから
最初はビジネスライクだった会話も、今ではかなり打ち解けて話すようになりました。
宮原さんは時に友人に話しかけるように、砕けた話し方で私に接してくるのです。
私とビジネスの垣根を超えたいという宮原さんなりの心の表の現れなのか?と何度も自問する日々でした。
いつしか宮原さんからの電話を心待ちにしている私がいました。

先日、宮原さんから電話がありました。
「名古屋に出張に行くのですが、足を延ばして大阪まで行こうと思っています。遅くなりましたが、その時にご挨拶させていただきますね」と言っていただきました。

ちょっと足を延ばしてという距離でもなく、足労を掛けるのも悪いと思い
「お気遣いなく、御足労いただくのも大変でしょうから結構ですよ。」と答えたのですが

宮原さんはいつもの砕けた調子で
「えー、折角だから会ってお話してみたいじゃないですか」
おいおい、なんだね君は。出会い系にいるサクラかね君は。
御社もなかなかツボにグッとくる人材を集めていらっしゃるようですね。御社の益々の御発展を心よりお祈り申し上げますマジで。

結局、宮原さんに押し切られるようにお会いする日程が決まりました。
私、女性に押し切られるの、嫌いじゃありません。

ところで、宮原さんについて、この段階で分かっているのは
会社の肩書と名前だけ。顔も年齢も分かっていません。
しかし声と話す雰囲気から「快活で奔放な性格で歳も若い。顔は女優の葵わかなさん」というのをイメージしていました。
柔らかい雰囲気と屈託のない笑顔で何となく守りたくなる感じ。そんな事を勝手に思っていました。


宮原さんが会いに来る日。
意識してしまっているのか何となくいつもより朝の身支度を念入りに行ってしまっている自分がいる。
スーツも靴も持っているものの中で良いものを選んでしまう。
いつもだったら付けもしないムスクのフレグランスもつけてしまう。
どうなってしまったんだ今日の私は。

そして宮原さんが来る。会う時間は午後なのだが、午前中は仕事にならなかった。
受付の方から私に「来客です」と連絡が来る。
人の第一印象は会って4秒で決まるとも、視覚での情報が半分以上を占めるとも聞いたことがありますが、
私は宮原さんの第一印象を決めるのにかなり時間がかかってしまった。
というのも長い時間かけて想像していた宮原さんは先述したとおり「葵わかな」で定着してしまっていたので、「実は黒木メイサでした」と言われても今までの宮原さん像からかけ離れ過ぎていて脳の認識が追い付かなかったのだ。
そう、宮原さんは目尻が上がり、全体的にシャープかつキリッとした印象の黒木メイサ似の女性でした。もう目力がNo more rules.
でも声と話し方は今まで聞いていた、あの快活で親しみのある感じ。

そこからは宮原さんの話が入ってこない入ってこない。私の頭の中で葵わかな黒木メイサのせめぎ合い。
聴覚は「わろてんか」で視覚は「kate」。脳がどうにかなりそうだった。

もちろん、宮原さんに本気で恋慕の情を抱いた訳ではありません。
ただ、関わりが強くなればなるほど、そうではない人に比べ、
その人に何か感じるようになるのだと改めて思いました。

そんな宮原さんですが、今月末で退職されるそうです。
後任は50歳のおじさん。まったくやる気が出ません。