事業承継・相続対策のトータルプラン No.1

〔事業承継の実務上の問題点〕
経済産業省によると今後5年間で30万人以上の中小企業経営者が70歳になるにも関わらず、その半数以上が事業承継の準備を終えていないようである。
また、後継者不在だが従業員の雇用維持のためにも事業継続を望むという経営者も多く、
ご子息など親族への承継や役員・従業員など親族外への承継だけではなく、事業売却やM&Aなども選択肢として検討しており、
その相談相手は経営者と接触する機会の多い専門家である顧問税理士というケースが多い。

親族内・親族外に関わらず、事業承継の際には自社株の評価が課題とされるため、
税理士としてはどうしても事業承継といえば株価対策に目がいきがちになるが、それだけでは事業承継そのものに弊害が起きることもある。

事業承継を円滑に進めるには事前に様々な視点で検討をしておくことが必要となるため、
事業承継を決して株価という視点だけで捉えることなく総合的な視点で捉えた上で事業承継プランの相談に対応するようにすべきである。

今回は株価対策等の一方で、事業承継としては何が問題になるのか?なぜ問題になっているのか?
ということについて事例を交えながら深っていく。

 

 

 

〔事業承継問題の根源〕
昨今、事業承継を絡めた金融機関からの提案や自社株対策セミナー、社長同士の会合などで様々な解決策の話がでているようである。
オーナー企業の社長や後継者は事業承継について何らかの問題意識(大半は「株価が高いので何とかしたい。」という問題だが)を持っており、
セミナーや会合で聞いてきた解決策をそのまま自社で採用し解決を図ろうとすることも多い。

同じ事業承継に関する問題でも企業によって、社長によって、後継者によって、
また、環境や背景、組織風土、思想や信念、許認可や取引先との関係、人間関係など、様々な要因によって「何が問題なのか」は異なっているものであり、
問題が異なるため同じ解決策を採用しても効果があるとは限らない。
また、状況によっては決して選択してはならない解決策もある。

 


〔各種スキームの効果と問題点〕

①「持株会社設立」スキーム
最近の金融機関からの提案で良く見かける一つに「持株会社設立」スキームというものがある。
これは持株会社を設立し、その持株会社が金融機関から多額の借入れをした上で株主から自社株を買い取るというものである。
「オーナー家の議決権シェアが低いために他の株主から自社株を買い集めなければならない」とか、
「自社株の評価額が高く将来支払うことになる相続税の納税資金の準備が大変になるので今のうちに社長の自社株を現金化しておこう」などの目的で行うのであれば、一定の効果は期待できる。
 

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ただし、借入金を返済するために結果として事業資金が減少するとか、もともとの会社の業績が良いためその株式を所有することになった持株会社自身の株式の評価額が高くなり、
それがオーナー家にとって新たな問題になってしまうなど、その後に新たな問題が発生する可能性があることは認識しておくべきである。


②「合併」スキーム
「自社株の評価額が高い」という問題に対して「合併」という手法を検討する場合がある。
例えば、甲社長が製造業を営むA社とその製品を販売するB社の株式をそれぞれ100%所有しており、
いずれも純資産価額と類似業種比準価額とを組み合わせて評価額を算定することになる「中会社」に該当するものとする。

この評価額については一般的に「純資産価額>類似業種比準価額」という関係があるため、類似業種比準価額のみで算定することになる「大会社」にすることができれば、
自社株の評価額が下がることが想定され「大会社」とするためにA社とB社を一つの会社、つまり合併させる。という方法が考えられる。

ただし、企業風土や就業規則などの各種規程の違いのためにやむなく別々の会社にしていたり、
お互いに切磋琢磨させるため、また許認可や取引先との契約の関係上リスクヘッジのために敢えて別会社にしている場合もある。
このような場合に、自社株の評価額の引下げを優先させて合併をすることは問題である。
例えば、社長や後継者の思想や信念、許認可や取引先との関係など、他のリスクが見過ごされていれば経営そのものを揺るがす可能性もある。
また、手続上、債権者保護手続きに伴い債務の支払いを求められたり、反対株主から株式買取請求をされるというリスクもある。

 

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③「配当還元方式」スキーム
かつてはよく行われていたようだが、配当還元価額を利用した財産圧縮対策というものがある。

これは相続税を低く抑えるために自社株を生前に贈与で移動させる。
というやり方で、自社株の所有数が減少するため、評価額が高くても相続税は減少することになる。
この自社株の移動先として配当還元価額を適用することが可能な親族を選び、その親族に対して贈与で移動させる。
同じ親族でもオーナー家同様、原則的評価方式として高い自社株評価になる者と配当還元方式という低い評価額が適用される者がいるが、
後者に贈与税がかからない非課税の範囲内で、もしくは贈与税がそれほどかからない範囲で協力を依頼し、これらの親族に自社株をばら撒く。という手法である。

これにより相続税を減少させることはできるが、代わりに、この企業を代々継ぐことになる直系のオーナー家は、次のような問題を抱えることになる。
一つは、自社株の買取りの要求である。
過去、配当還元価額という低い価格で、また、贈与という対価を伴わない取引で取得した自社株だが、
この自社株をオーナー家に対して適正な価格で買い取るよう要求してくる親族株主もいる。
過去の経緯はあるものの、要求としては適正であると言えオーナー家としては、もう一つの問題、議決権シェアの問題を解決するためにこの要求を飲まざるを得ない。という場合がある。

二つ目は、議決権シェアの問題である。
先のばら撒きによって、また、代々相続が繰り返されたことによって自社株は分散し、その結果、オーナー家が過半数の議決権を持っていないというケースが見受けられる。
一般的に安定した経営をするためには2/3の議決権シェアが必要。それが無理でも過半数のシェアの確保が望ましいと言われているが、その確保が難しい状況となる。

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〔スキーム実行による新たな問題への対応を検討〕
「何が問題なのか」については、顕在化している問題、つまり既に発生している問題だけではなく、
今後発生するであろう、潜在的な問題も考えておく必要がある。
また、これら問題を解決するための対策を実行した場合、その実行により新たに発生する問題は無いのか、もしあるのであればどう対応するのか、
ということも想定し、そのもともとの解決策を採用するのか否かを決めるようにすべきである。


〔まとめ〕
・事業承継を進めるに当たり、株価の引き下げだけに気を取られていてはいけない。

・事業承継後に起こりうるリスクや、新たな問題についても考えてトータルでより良い選択を行う。

 


〔ちなみに〕
今回は事業承継の実際のスキームや、それぞれのスキームのメリット・デメリットをまとめましたが、
次回は実際に事業承継をどのように進めていけば良いのか、事業承継の検討順序とそのポイントやオーナー家にとって重要な自社株承継・財産承継を中心に知っておくべき税務の特例なども含め、まとめていきます。
知り合いの会社の会長さんは子供が3人、孫が12人いるんですけど、「自分の相続は絶対揉めるし、この会社の株式はバラバラになるなー」と嘆いておられました。
まさに③のスキームのデメリットの状態ですね。突端の後継者が大変になることが今の時点から予想できますね。
会長さんが60歳ぐらいの時から、もう相続や事業承継対策を考えておられたのが印象的でした。