男性らしい肉体を得ることと引き換えに妻の心が離れていく

父はサプリメントを常用している。

 

そのこと自体は特に珍しい事ではない。

現代人にとって不足しがちな栄養素をサプリメントで補うことは当たり前になってきた。

先日、宿泊した旅館の朝食ビュッフェでは様々な料理と並んで、サプリメントもビュッフェスタイルで取れるようになっていた。

サプリメントは私たちにとって、無くてはならないものの一つであると言えるだろう。

 

しかし父のサプリメント摂取量は普通ではない。

養命酒カップいっぱいにサプリメントを入れて一気に飲んでいる。

完全にサプリメント依存症だ。

薬局に置いてあるようなサプリメントはほとんど網羅しているのではないだろうか。

それを毎朝飲む。

色々なサプリメントを飲み過ぎて、どのサプリメントがどう体に効いているのか分かっていないと本人が言っている。

 

そんな父を見てきたので「父は健康だけど、病気だ」と常々思っていた。

サプリメントをガバガバ飲む父のようにはなるまいと思っていた。

 

しかし私もサプリメントの力を借りる時が来てしまった。

妻からお誘いをもらった時に、疲労を言い訳に断ってしまった。

後日、これはまずかったと思い、男性機能の強化の方法を調べた。

すると大体以下の5つの方法があるようだ

①必要な栄養(亜鉛・アルギニン・アリシン・タウリン・ムチン等の栄養素が多く含まれている食品)を摂取する

 

②睡眠をしっかりとる

 

③お酒・たばこを控える

 

④適度な(特に下半身強化の)運動をする

 

⑤定期的なマスターベーションを行う

今の私の生活に簡単に取り入れられそうな項目として、①と④はすぐにでも実行できそうだ。

しかし①については、今は妻が食事を作ってくれているので

「今日、何食べたい?」と聞かれて

亜鉛多めの食事」とは言えない。

そこでサプリメントで補うことにした。

亜鉛サプリメントを購入し、毎朝飲むことにした。

 

そして④の下半身の運動としてスクワットがお勧めだと言われたのだが、やり方を間違えると膝に負担がかかってしまうとのこと。

なので他にもお勧めされた「四股を踏む」トレーニングをすることにした。

お相撲さんがやる四股。

この動作には下半身の筋力トレーニングの効果だけでなく、
股関節の柔軟性の向上、歪んだ体のバランスを整える効果が期待できるということだ。

 

というわけで、妻の要望に応えられる体を作るためにサプリメントの摂取と四股トレーニングを行うことにした。

 

朝、食卓に着き、妻と朝食を取る。

いつもは食べ終わった後すぐに私は仕事に行く準備を始めるのだが、今日からは違う。

おもむろに亜鉛サプリメントを取り出し、少量の水と共に飲む。

妻の視線を感じるが、特に何も言うことなく、いつも通り私を送り出してくれた。

 

そして夜、食卓に着き、妻と夕食を取る。

いつもは食べ終わった後すぐにパソコンを立ち上げ余暇を楽しむのだが、今日からは違う。

おもむろに足を肩幅より広く取り、リビングで四股を踏む。

 

私目線では逞しくなった私の姿を見て妻はうっとりしていると思っていた。

亜鉛サプリで男性機能に必要な栄養を摂取し、四股を踏んで強靭な下半身を手に入れる。

内から外から肉体をチューンアップさせている向上心の塊である私に妻はメロメロだ。

今夜は熱くなりそうだ。

そんな思いから自然と顔がにやけてしまう。

 

朝から感じていた妻の視線が更に強く私に向けられる。主に悪い方に。

それもそうだ。今まで何もしてきていなかったのに、急に今日から亜鉛サプリは飲むわ四股は踏むわ、こいつは一体どうしたんだ?と思うだろう。

行動原理が謎。

愛した夫は薬漬けで四股を踏む異形のモンスターに変貌してしまった。妻目線で見ればそんなところだろう。

 

そして妻は変わり果てたモンスターと同じリビングでは心が休まらないとばかりに早々に自室に籠ってしまった。

リビングには亜鉛を飲み、ただ四股を踏み続ける悲しきモンスターが一人。

 

後日、妻に急にこういう行動をしたのには理由があるんだ。と説明した。

それに対して妻は

「もともと男性性をあまり感じなかった人が、いきなりオス感を出してきてキモイ」

「必死さに引く」

「がっつくのが笑い話になるのは高校生まで、君は31のおじさんだから笑えない」

 

悲しきモンスターは泣いた。夜通し泣いた。

しかし妻に指摘されて、亜鉛を止めたり四股を止めたりするのは、それはそれで浅はかな行動をする奴だと思われそうで負けた気がするので、

未だに毎日、亜鉛を飲み、四股を踏んでいる。

妻はもう何も言わない。

私の勝ちだ。