加齢臭の破片が胸へと突き刺さる

妻が助手席で寝息を立てていた。

寒くないように私のジャケットを妻にかけた。

数十秒後に妻が急に起きて一言

 

「えっ…なんか臭い」

 

私は気付かなかったが異臭がするようだ。

空調が外気導入になっていたので、外の臭いが入ってきたのかと思ったが、原因を調べると私のジャケットだった。

厳密に言うと私のジャケットの襟首部分の臭いだった。

 

加齢臭の始まりだった。

 

ジャケットの問題の部分の臭いを自分でかいでみる。

私にはその臭いが全く分からない。

強いていうなら布の匂いしかしない。

 

「加齢による体臭の悪化」

「君はもうおじさん」

「自分で気付かないことが証拠」

「お父さんの枕」

と立て続けに妻は私に言う。

冗談めかした口調だが目を背けたくなるような事実を伝えてくる。

その言葉たちが私に刺さる刺さる。

傷心のまま家に帰った。

 

家に着いてもまだ妻が私のことを「加齢臭おじさん」と呼ぶので、さすがに私も怒った。

怒りに任せて妻のTシャツで私の襟首を拭く振りをしてやった。

 

実際に拭いていない事は妻も分かっているのだが、その振りを受けて妻が

「おい汚ねえだろスメハラジジイ」

と私に言った。

 

誤解していただきたくないが、ここまでのやりとりは私と妻の冗談の範疇だ。

文字にすると本当に罵りあっている様に見えてしまうが、実際は笑顔でふざけ合っているだけだ。

ただ私の加齢臭だけが冗談ではない。

本当の加齢臭だ、私にはその存在を知る術はないが。

 

勿論、妻の冗談だと分かっているので、ここまで口の悪いことを本気で言ってきているわけではないと分かっている。

しかし愛する妻からの「おい汚ねえだろスメハラジジイ」はさすがに堪えた。

 

冗談なので私は笑っていたが、心にダメージはあったみたいだ。

笑いながら私は胸を押さえて膝から崩れ落ちた。

 

それからすぐに私は加齢臭対策を始めることにした。

まずは加齢臭とは何かを知らなければならない。

「加齢臭 対策」

と検索し検索結果のトップのサイトを見た。

 

加齢臭は「ノネナール」というにおい物質が原因だそうで、
それは40代以降に多く発生してしまうものらしい。

 

ちょっと待ってほしい、私はまだ30代だ。

 

30代は30代でも38・39歳とかではない。31歳だ。

30代に足を踏み入れたばかりの若輩者に40代体臭との評価。

身に余ります。

 

歳は30、体臭は40。

名探偵じゃないんだからこんな取り合わせはやめて欲しい。

 

だが現状を嘆いても仕方がない、臭いがあるのだから対策をしなくてならない。

それにしてもこのサイト、終始「40代男性のための」というワードが出てくる。

完全に40歳以降の男性のためのサイトに31歳の男性がいるという場違いな状況だ。

そのワードが出る度に心が軋む音がする。

 

取りあえず対策として挙げられるのは以下の通り

 

加齢臭対策と予防


①汗をこまめに拭く

②湯船につかる

③丁寧に体を洗う

④薬用せっけんを使う

⑤タバコを吸わない

⑥和食中心の食生活を心がける

⑦肉や油の多い食事を控える

⑧ストレスをためない

この①~⑧の内、私が出来ているのは④以外の7項目。

現状、加齢臭対策としてかなり理想的な生活を送っている。

 

これ以上、私にどうしろというのだ。

薬用せっけんにすべての期待を託していいのか?

効果がなかった場合、私は次に何にすがればいい?

希望があるから人は前に進めるのだ。

それを思うと最後の希望である薬用せっけんは使わない方がいいのではないか。

 

はからずもこれだけの加齢臭対策を取っていて、なお臭いというのであれば、

加齢臭対策が出来ていなかったとしたら、どれほどの悪臭になっていたのだろう。

フリーザが変身をあと2回残していることを聞かされたピッコロの気分だ。

 

これだけ見事に私の心を折ってくるサイトも珍しい。

全弾クリーンヒットだ。

ここまで見事にやられると、何だか笑えてくる。

しかし心にダメージはあったようだ。

笑いながら私は胸を押さえて膝から崩れ落ちた。